Jの衝動書き日記

さらりーまんSEの日記でございます。

セーフティネットは銀の弾丸ではない

生島さんのエントリー(ベンチャー社長で技術者で: 解雇のススメ)を読んで衝動的に書いてみた。二日酔いなのでいつも以上に文章に脈絡がないのはご愛敬ということで。

エントリ自体は、あぁ、典型的な社長視点だなぁ、と感じた。社長はいつも社員をクビにしようと虎視眈眈と社員を監視している。いかに優秀な人材を安く手にいれ、そして安く使い続けるかということに腐心する。社員を単なるコストとして見る。会社を経営するというのはそういうことなのかもしれない。

賛成する人のコメントも大抵、今はDQNな人を簡単に切れないから、ということを理由として上げる人が多いように思える。会社が苦しい状況な時に、適切なパフォーマンスを発揮できないような低能力者を雇う余裕はないので、とっととおさらばして、新しい優秀な人を連れてきた方が全然いいのではないか?と言っているように感じた。本人がどう考えているかは知らない。

でもクビにしやすくなることで本当に状況がよくなるのだろうか?

人を切れば会社の業績って上がるものなのか?

会社にとって要らない人を切ると、その途端に会社の業績はよくなるのだろうか? まあ、売上高が変わらないのであれば、その年のP/Lはよくなるのだろう(現状は早期リストラは損失計上されるのでよくなるということはないけど)。

ただ、会社の業績が悪かったのって、切った人が居たのが理由なのか? 高給取りのDQNが居たから? 低能力者がたくさんいたから? その人達が元凶だったのか? 生産性が悪いから、というのは一理あるかもしれないが、それは売る機会がたくさんあるのに供給出来ないという状況で問題になるはずである。売る機会が無くなってきているのであれば、生産性ではなく営業力の問題であるはずだ。会社が傾いた原因がその人達だった、というのであればある意味すごい人達である。それだけの影響力を行使出来ていたのだから。

会社の業績が悪くなった原因を、切った人に押しつけるのはかなり酷であるし、間違いだと思う。部長など役員級ならともかく、一般社員には、そもそも会社に与える影響など微々たるものであるし。責任を問われるのは、まずは経営責任者であるはずだ。

にも関わらず、仮にクビにしやすいという状況になったらどうなるのか? 経営者は、業績が悪くなったら気軽に人員削減をやりだすだろう。業績悪化の原因を分析せずに。P/L上黒字に(損失計上しない場合)なるというのであれば、その手を打つという誘惑を跳ね除ける経営者はどれだけいるのだろう? 経営のかじ取りを誤っているのに、その責任を押しつけられても堪らない。

また、仕事の環境も変わるだろう。人を切りやすくなるという事は、周りから人が居なくなりやすいということである。仕事仲間がコロコロ変わる。その度に引き継ぎ作業は、諸々の教育コストが発生する。流動化と言えば聞こえがいいが、人間そうそう入ってすぐにその仕事環境でパフォーマンスを発揮できる人なんてザラだと思う。適切なパフォーマンスを発揮するにはある程度期間が必要だが、人がコロコロ入れ替わるような環境だと結局その環境としてのパフォーマンスは上がらない。(とはいえ、現状の仕事場は既にこんな感じだったりするけど。客先常駐だし。)生産性低下という面で、会社業績回復の足かせになりかねない。

また、会社に本当に必要な人間を残すというけど、実際はどうか。人間をきちんと把握する場合、10人程度が精々だと思われる。ベンチャーの規模なら、確かに社長自らが判断できるだろう。

しかし、100名、1000名など、大中小企業だとどうだろうか。当然、社長が見れるはずもなく、人事部など専門部署が担当することになる。そういった間接部門の人間は得てして少ない。一人で見る人数には限界があるにも関わらず、そうそう人は増やせない。間接部門の人間を増やし過ぎても利益には結びつかず、かえってコスト要因となるからだ。

そうなると、評価は一定の基準で画一的にやらざるを得ない。一定の基準に満たない人間は落とされる、ということになる。しかし、社員を公平な基準で評価することは難しい。間接部門と製造部門、営業部門の人間をそれぞれ同じ尺度で測るわけにもいかず、かといって部門毎に行うと、その差が問題になる。部門間で無用な対立を生む要因となりかねない。

また、業績悪化に伴う人員削減をするとして、経営者は100名程度減らす決断をしたとする。その通達を受けて、実際にリストアップするのは現場の管理職である。一定の基準で評価しても部下すべてがOKな場合どうするのか? 社長が必要だと感じている人間を管理職が不要と判断することもあるだろう。数が求めれれている以上、そうなることは必然だ。また、管理職は決して自分自身を不要とは判断しない。

気軽にクビを切れるとなるとこの傾向に拍車がかかるだろう。自然と管理職には反対意見を述べにくくなり、会社としての力は停滞する。

「君、今日でクビね。」
そう言われて、しょうがない、合わなかったから別の仕事を探すか、と切り替えができる人はそんなに多いのだろうか?
そんな人だらけならばうつ病なんてものはないはずだ。

人を切ってハッピーというのはあり得ないと思う。

セーフティネットがあるじゃないか!と言うけれど

さて、本題である。とは言え前置きが長すぎた感はある。

生島さんも、賛成のコメントをする人にも共通するのは、クビを切られても、それを支えるセーフティネットを設ければ大丈夫と認識していることである。クビを簡単に切れるようになって、その間を支える機構ができれば、自然と企業は人を雇いやすくなると。

しかし、そのセーフティネット。誰が用意するのだろうか? そしてそのコストを払うのは?

現状のセーフティネットと言えば、生活資金面は失業者保険、労働面はハローワークということになるのだろうか? 職業訓練所もあるかどうかは知らない。

さて、今の社会は、クビは簡単に切れない世の中である。それなのに失業者は増えて深刻化している。生活が苦しいという声も大きいし、いわゆるワーキングプアという問題もある。要するに現状では雇用のセーフティネットは機能していないように思える。

新たなセーフティネットを用意するとして、その仕組みを構築、運用するのは国だろう。

さて、クビになったら生活出来ない。なので次の仕事までの資金を渡すとする。失業保険を受けやすくすれば問題はないように思える。しかし、当然給付金は大きくなるわけで、財源が問題となる。当然税金という形になるだろう。すると税金の無駄遣いに厳しく目が光る世の中なので、意欲がない人には給付しないなど給付条件が多くなる。結果的に気軽に給付できないというのであれば、今と変わらない。

職業訓練という点ではどうだろう。訓練所でスキルを習得すれば仕事に就けるものか?それに一定の年齢になったら大幅なスキルチェンジは難しいだろう。苦労して身につけたとしても、仕事があるとは限らない。年齢で弾かれることもある。個人の努力ではどうにもならないことも多々ある。

セーフティネットというフレーズを設けるだけで諸問題が解決するわけではない。容易なクビ切りという毒に対する薬としてはあまりにも弱すぎる。現状機能していないものが、何故将来機能するだろうと考えられるのか? 余りにも楽観的に過ぎる。

前提ががそもそも違っていると思う。セーフティネットが成立するからこそ、容易クビ切りが実現するのだ。容易なクビ切りを前提にセーフティネットを考えるべきではないと思う。最悪、容易なクビ切りで打ち切りになりかねない。

ちなみに、上記の容易なクビ切りというのが、いわゆるレイオフ、雇用を一定期間止め、その間の転職活動は許容し、その企業が再度人材募集するのであれば、優先的に雇用するという制度をさし、セーフティネットがその間の賃金を一定期間保障し、スキルアップのための自己啓発を全額補助という制度を意味していたのであれば、上記の話は単なる的外れの戯言だ。

まあ、どちらにしろ、会社を経営したことがない、単なる下っ端の戯言である。それにこんなことを業務時間中に書いている私は、生島さんからはクビを速攻で切られるだろうね。