Jの衝動書き日記

さらりーまんSEの日記でございます。

今週の出来事など

温かくなり、季節が変わってきたのだなと日々実感する。新しい季節、新しい年次、そして新人。まわりは新しい風が吹きはじめてる。相変わらず余震は続くし、ここ10年は警戒しなければいけないという話も聞く。だが、そろそろ、自身も内向きは辞めていきたいところではある。

今週の出来事など

今週(といっても正確には先週だけど)は身内事ではあるが、いいことがあった。従兄弟の結婚式である。正直、今の状況で無事に出来るか心配ではあったが、そこは流石に地震も空気を読んでくれたらしい。何事もなく、すんなりといけた。
従兄弟はしばらく観ていなかったが、ずいぶんデカくなっていた。ガッシリとしていて、ポツリと従兄弟の友達がつぶやいたゴットファーザーかよ!というのに納得してしまった。まあ、外見的なこともさておき、内面的にも大きくなったなぁと感じた。人の内面を判断するのは中々難しいのは確かではあるが、まわりの友人がその指標になることは確かだろう。彼を取り巻く人は誰もが魅力的であったし、彼もまた、その中に自然に溶け込んでいた。まあ、典型的なリア充である。う、羨ましくなんてないんだからね!
・・・コホン。
さて、結婚式は、正直男のものではなく、女のものであると思っているが、とても怖い一面があるなと思った。何せ、自分の交友関係というのが赤裸々に見えてしまうのだから。結婚式とは、人の絆の見える化する場所であるといってもいい。まあ、数が多ければいいというわけではないけど。人付き合いをサボっていると土壇場でかなり苦労しそうではある。こんなご時世だからこそ、数少ない縁は大切にしないといけないのかもしれない。
それにしても圧倒されたのは、新婦の親族の多さ。8人兄弟というだけで凄まじいのに、それぞれちゃんと家族が居るわけで・・・。総勢40人程になっていた。うちも少ない方ではないが、多勢に無勢であった。ふと、昔の結婚式の風景ってこんなんだったのかもしれないなとも思った。ただ、娘さんが多かったようなので、また怒涛の勢いで結婚式があるのだろう。相手はまあ、気の毒としかいいようがない。

選挙の事など

自粛の嵐が吹き荒れるが、唯一、それに乗って欲しいものはある。選挙運動だ。選挙期間になると、宣伝カーはやかましく騒音を撒き散らし、駅前では虚しい演説が流れている。幸い、今回はおとなしめだが、今後もこれぐらいにしてもらいと有り難い。いくら宣伝カーで、街頭で叫んだところで大した効果はないのだ、というのが今回わかればいいのにと思う。受験勉強じゃあるまいし、直前だけ努力するというのがどうも・・。
人が何を実現できるのか。その実力があるのか。その判断は、街頭演説をいくら聞いてもわからないし、宣伝カーで聞いたところでわからない。何をやってきたのか。それを判断する材料が欲しい。
会社に面談にいくときには職務履歴を書く。同じように立候補者もそういったものを書いてもらい、平等に公開すればいいのではなかろうか。いくら魅力ある提言をしたところで、実力が伴わないなら意味が無い。いくら身綺麗でも、政策を実現出来る粘り強さがないと意味が無い。そういうところは、選挙期間という短い期間ではみえてこないのだ。

民主党の事など

震災からはやくも一ヶ月。震災直後は、この困難を乗り切ったら、菅総理は偉大な総理大臣になると思っていたし、さっさと逃げ出した前原元外務大臣は阿呆だなと思ってた。しかし、現状を見る限りだと、その芽はないなといのが今の感想である。どっちかというと、首相は、枝野官房長なんじゃないかと思うようなリーダシップぶりだし、今後どうするかの指針も伝わってこない。平時は駄目だったが、危機の時は変わるかと思ったりしたが、やはり駄目だったようだ。まあ、無いものねだりだったのかもしれない。ただ、出来ないなら、出来ないで、外部の協力を得ればいいのに、それも出来ない。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれというのがあるが、それも出来ないならもう沈むしかないのかもしれない。
今回特に失望を感じているのは小沢さんだ。岩手が地盤なのに何をやっているのだろうか、この人は。岩手をどう立て直すのか、そういうビジョンを掲げてもいいはずなのに、それもしない。この人も結局は単なる政治屋に過ぎなかったということなのか。
とまあ、ブツブツ書いてみたけど、別に自分が何を出来るわけでもないので、他人にそれを責めるのは変な話だろう。ただ、前回は民主党に入れたので、愚痴ぐらいは許してもらいたい。まあ、自民党だからといって、結果が変わってたということは多分ないのだろうけど。